2023/5/29

ISA SUP日本代表選考レース


レースレポート

5月20日、21日に開催されたISA日本代表選考レースに出場する為、静岡県下田市(東伊豆)へ遠征してきました。

更新を続けてきたブログでしたが、レースに集中する為、レース前の投稿は控えさせて頂きました。

 

そしてレース後も、身体や気持ちの整理に1週間以上更新出来ていませんでしたが、レポートとするなら、落ち着いてから綴る良さもあるかなとも思うので、良しとして下さい笑

(速報はアップするべきでしたね。。)

 

今回の遠征は6年ぶりに再会した、僕が世界で1番敬愛する兄が、名古屋の空港からの移動から、宿から、そして日本代表枠を賭けてレースをする間、その父の背中を見せるために連れて行った大洋のお世話まで、全てフォローしてくれました。

息子と兄の2人は、初めての対面だったので、それも僕にとって嬉しい事でした。

 

レースについてですが、結果からお伝えすると、ロングディスタンスは4番ゴールとなり、目標としていた2番以内に入る事が出来ず、代表権を得る事が出来ませんでした。

 

1週間前予報から少しずつ予報が移り変わり、当日の気象は当初の南風から北風へと変化していきました。

↓5月13日予報

↓5月14日予報

↓5月17日予報

 

自然の事は自然任せに自分の体調含めて、自分のベストな状態で臨むことに集中していました。

 

大会前日、演歌でも有名な天城越えをして東伊豆に入りましたが、峠は大雨。

 

スタート地点を確認した後、麓の河津町の宅配会社で、使用する器材のピックアップしました。

キャリアの付いてない車での長距離、長時間の積載は危険だと思い、名古屋から陸続きではありましたが、宅配業者に手配して頂きました。

貸して下さったパドルクラブ名古屋の中尾さん、ありがとうございました!

 

 

ゴール地点となる外浦海岸目の前の高台にあるホテルを、兄が手配してくれたおかげで、湾内を見下ろし、イメージを膨らませることが出来たのもあり、レース前も音楽を聴きながら、落ち着いて過ごせました。

(本当は前日、湾内に入るあたりの岩周辺を沖からナビゲーションしておきたかったところですが、雨で体調を崩す方を優先して、回避しました。)

 

そして、僕自身長らくホテルサービスに携わりましたが、突発的に持ち込んだ4mを超すボードの保管場所の相談を、嫌な顔せず機転的に屋内の場所を提供して下さったホテルスタッフさんの対応は、ホテルという括りではなく、マニュアルでもない、その方の人としての良さからのサービスのように感じました。

その温かなサービスもまた、僕には追い風だと感じ、レース期間を気持ち良く滞在させて頂きました。

下田ビューホテル様ありがとうございました。

 

 

当日は予報より風が強まり、北東の風が炸裂。15mオーバー。

漁港港内スタートでしたが、防波堤を抜ける前から凄まじいアップウインドの中進み、防波堤を抜けたところからはアップスウェルも重なり、かなりキツイコンディションでした。

また、回りこんで、ダウンウインドに入る前はテトラに近い波のブレイクを避ける為のサイドコンディションに、身体への負担が大きく、フォームとリズムを大きく崩された印象でした。

実際、その後のダウンウインドでもテイクオフするタイミングを逃す事が多く、フォームポジションが微妙に崩れてしまっていたのだと今は感じています。

(ここでは先にスタートした別のdivisionの選手がレスキューされるなど、RiskHigh skillの隣り合わせのエリアだったと思います。)

 

レースが終わった当日、翌日振り返った中では、いつもの漕ぎが出来なかった原因としては、先ほど述べたテトラ近くのサイドコンディションの時に2度落水してしまったポイントがあり、それが大きく影響したように感じてます。

一度目に落水した際に、水の冷たさと近くで崩れる波が視界に入った時に、2月のあの出来事が自分の中にフラッシュバックし、僕の身体を一気に硬直させた気がしました。

2度目の落水時に、普段ミスして落水するのとは違う、身体が反応しづらい動きでリーシュを伸ばしてしまうような落ち方をした際に、恐怖している自分をコントロールしきれていない事に、立て直しきれない自分との闘いがありました。

何とか落ち着いて、ダウンウインドで前を追いかけていきたかったところでしたが、そこからはレースのパフォーマンスに集中しようとする想い以上に、内側にある怖さと表面的に感じる寒さと、その寒さをより一層強める落水に対して恐怖する想いで、普段楽に漕いでる15kmの距離や時間がとても長く感じて、やっとの想いでゴールへ辿り着きました。

 

落水したのは、覚えてるのは7回。。

ゴール前には、サーフスキーのトップ選手達に交わされましたが、身体が動かなくなった状態で落水したので、水中にのめり込むように落水し、長く沈んだ状態の僕を心配した同じ沖縄から参加、サーフスキーで3位入賞のBread選手が、心配して手を止め、声をかけてくれました。

 

今回自分としては、目標に対しては残念な結果となりました。

本当に勝負をしてたのであれば、沖縄からSonicを送り、今回のコンディションが決まる決まらない関係なく、無駄な経費になってでも、優位に立てる選択肢を持つべきでした。

またウエットスーツの着用はマストでした。

沖縄の5月ではなく、伊豆の5月の水温は沖縄の真冬と同じか低いくらい。

体脂肪率5%になってから、5月の沖縄でも朝晩はヒートテックを着たり、トレーナーを着たりする程、寒さに敏感な肌感覚で過ごしていました。

さらにレース当日の北風という性質を考えれば、寒さは容易に考えられたはず。

準備として、持って行ってましたが、サポート頂いたウエアでの青写真を膨らませた僕の煩悩が、勝負のチャンスをすり抜けさせてしまったようにも思います。

 

勝負は時の運という言葉の通り、その瞬間の判断一つ一つが勝ち負けを決める。

その時に正しい選択が出来なかった時点で、やはり世界と闘うレベルではなかったと反省しています。

ただ、今回のレースに向けての全体でみた時には、SNSでも少し触れましたが、今回の目標に対して望む結果は得られませんでしたが、このレースに対して苦しい想いを持ちながらも、一生懸命自問自答の毎日を積み重ね、自分と向き合ってきた時間は紛れもない事実としてあり、振り返ってみた自道(地道)は、決して残念なものではありません。

同じ想いで、同じことができるか?と考えた時に、自信がないくらい、信じれる自分の時間がそこには在るように思います。

また、今回一度結果が出なかったからといって、SUPをスポーツとして考えた時の、自分の練習が間違ってたと結論づけるには早過ぎる修正だと思うので、また気持ちを整理しながら、次のHawaii遠征、レースに向けてリスタートしていきたいという想いに着地したこの1週間でした。

地獄の底から這い上がってきたような想いからすれば、まだまだ僕が心から喜べる瞬間は今回ではなかったんだと思っています。

むしろ何百歩も下がった事を思えば、こうしてレースに合わせて自分に期待したくなるまで、そして、来年インターナショナルライダーに所属して活動出来たらいいな、なんていう夢や目標を持って過ごしてきた日々は、自分の中の大きな前進でもあると思ってます。

 

後ろに下がっても、下を向いても、僕の先を応援してくれた方々に、応援して良かったと言ってもらえるよう、1日1日の自分にチャレンジしていきたいと思います!

ありがとうございました。